文を書くには
人が行動を起こすには、何かきっかけになる動力源が必要である。
好奇心が刺激される事であったり、やらなければ自分に不都合が降りかかる事であったり、やれば何かが手に入る事であったり。
大体がこの3種類に分類されるのではないだろうか。
そして今、私は文を書く動力源を探している。なぜならあまり書きたい気持ちがないからだ。
しかし同時に、「書きたい気持ちがない場合、私は何を書くのか?」という知的好奇心が刺激されている。
これは好奇心を基に書くブログになるだろう。
冒頭に書いたが、人は好奇心や危機回避や報酬によって動く(他にもあるかもしれないが)。つまり、これらを上手く刺激してやればどんな人間でもある程度は行動出来るようになるのではないかと仮説する。
すると、自分が今何かをやりたくない、やれない、行動に移せないのはこの3つのどれにも当てはまっていないからなのではないかとも捉えられる。
ただし例外もあって、【自己コントロール能力】が乏しい人は、「先にある報酬」より「目の前にある簡単な報酬」に手を出す傾向が高い。これは、自分を抑制する能力が足りてないから、難しくて集中力を発揮しなきゃいけない事に頭が使えないからである。
つまり、【自己コントロール能力】が乏しい人は「先にある事」をやらず(出来ず)、身近にある物で満足してしまうが為に、本当にやらなければならない事には手が回せないのである。
これは例外として、面白いのは、この「好奇心・危機回避・報酬」を刺激してやれば動けるかもしれないという仮説だ。
これらを刺激するにはある程度のやり方があるのだが、それは各々で調べて欲しい。
とりあえずこの3つを刺激してあげれば、何の気苦労もなく行動に移せるのだとすれば、この上なく快い事ではないだろうか。
これが理解出来た事によって、理解してなかった者の行動の幅が広がるのは間違いないだろう。
私は再認識した事によって、私の行動意欲に対する知的好奇心が刺激された。
しかし、これを上手く活用出来るかどうかは、また別の知識が必要なのである。
私が理解していても、あなたが理解していても、上手く刺激できるかはやり方を考えなくてはならない。それがとても難しく、一番大事な部分なのだ。日々精進あるのみなんだろうなあと思う。まあやりたい時にね。